沖縄なんくるみー

誰が植えたわけでもなく勝手に生えた樹木や野菜・果樹――。沖縄で自生するっていいじゃない⁉

トランプって一体何者?

新年早々物騒なニュースが飛び込んできた。

米軍がベネズエラ空爆し、特殊部隊がマドゥロ大統領夫妻を拉致するという耳を疑うニュースである。それこそ「馬耳東風」で済まされる問題ではない。

いったい米国のトランプというのは、まともな人間なのか。また、彼を大統領に選んだリカ国民は、この強盗としか思えない事件をどう評価するのだろうか。さらに、軍隊というのも上からの命令とあらば、何の疑問も感じず他国を爆撃し、その国の大統領をも拉致する。まさに軍隊の実態、本質を表しているような感じである。軍隊が国家(権力)の暴力装置としての機能そのものでしかないことをあらためて痛感する。

それにしても、日本国政府は「力による現状変更は認められない」などと、明らかに中国を念頭に声高に叫んできたが、今回の米国・トランプの武力・暴力による侵略・掠奪事件をどう評価するのか、あいまいにしている。

世界に「真理」なるものが果たしてあるのか。疑問に感じる年の初めである。

 

 

 

島ぐるみ闘争

去る10月13日に沖縄の1950代における「島ぐるみ土地闘争」に関する講演会があった。

講師は琉球大学名誉教授の波平恒男氏。この闘争は、米軍による軍用地の一括買い取りに名を借りた土地強奪などに対する住民の闘いだが、波平氏は、その歴史的意義の一つとして「農民の非暴力の抵抗に加え、圧倒的多数の住民が連帯した、空前絶後の抵抗運動」をあげていた。

何しろ、琉球の人口が80万人とされていた時代に十数万から20万人ほどの住民が参加したといわれる文字通り「島ぐるみ」と形容される闘いであったことはいうまでもない。

沖縄では、当時の各界各層を巻き込んだ大規模な闘争として評価され、今日、米軍・自衛隊などが共同して軍拡へと突き進む中で、かつての「島ぐるみ闘争」の再来を期待するのは当然である。

しかし、その闘いを支えた思想・心情を考えると、単純に評価するということにはならないのではないか。

その一つが、「国土を守る」という思想である。当時、既に「沖縄は日本の領土であり、異国のアメリカがこの領土を買い取るのはいかがなものか」という思想があった。

その後、盛り上がる「祖国復帰運動」と共通する「祖国日本」という心情に支えられていた。そのあたりの問題は、今後の詳しく調べる必要があるのではなかろうか。

 

沖縄タイムスの記事(2024.4.3)によると、日本文化人類学会が「アイヌ民族の遺骨の不適切な取り扱い」など、これまでの研究のあり方について、謝罪の意を表明する声明を4月1日付で発表したという。

遺骨などを遺族の同意なしに持ち出す(盗掘する)事例は、アイヌ同様、沖縄でも見られたもの。かつて京都大学の研究者が、今帰仁村にある百按司墓(琉球第一尚氏関係の遺骨が祀られている)から多くの「遺骨」を、まさに植民地的な感覚で持ち出し、研究の「材料」として、今なお、「保管」している。

その系統の子孫などが「遺骨返還訴訟」を起こし、昨年、結審している。判決では「まもなく百按司墓からの遺骨持出しから100年を迎える。今この時期に、関係者が話合い、解決へ向かうことを願っている」と付言に記してはいるものの、返還を求める原告の訴えは退けている。

ヨーロッパ列強がかつての植民地国から略奪した文化財などは、もとの国・地域に返還するという動きが、近年、出てくるようになった。

日本は、アイヌの人々の粘り強い取り組みにより、「民族」として認めるようになってきたが、沖縄については、なおも植民地政策を続けていくのだろうか。

 

 

沖縄の「祖国復帰」あるいは「沖縄返還」が政治の焦点として、アツく語られていた1970年前後の時代。日本「本土」で、それに疑問を投げかけるとともに、「復帰」「返還」に真っ向から異を唱え、抵抗した沖縄出身の若者を中心とするグループがいた。沖縄返還協定が審議される国会の議場で爆竹を鳴らし、「返還粉砕」を訴えた、国会決起闘争(いわゆる「国会爆竹事件」)で知られる沖縄青年同盟である。

当時の大方のマスコミの受け止め方は、「神聖なる国会」「爆竹」「議会制民主主義の破壊」などの文言に象徴されるように、「沖縄返還粉砕」「復帰反対」の声などほとんど問題にならず、むしろ「批判」「罵倒」される取り組みであった。

ただ、この「事件」の裁判の冒頭、被告たちが沖縄語(ウチナーグチ)を使ったことに対して、裁判所が沖縄語使用を禁止し、「日本語」の使用が強制したことから、「沖縄語裁判」として話題になった。

これについては、あらためて記すことにする。

 

昨日の参議院沖縄選挙区でオール沖縄伊波洋一氏がかろうじて当選した。

沖縄だけでなく、日本全体が「保守化」していく中での伊波氏が当選である。

対抗する保守側は辺野古新基地建設に賛成を表明していただけに

結果が注目されていた。

当初は圧勝かと思っていたが、開けてみれば3千票弱という僅差。

全国では自民党が圧勝、改憲勢力も三分の二を超える。

「こんな日本に誰がした」と嘆いたところで、どうにもならない。

沖縄は「こんな日本」と道連れしないといけないのでしょうか?

 

 

 

内閣府の「西銘大臣ビジョン」

新聞報道によると内閣府は5月31日、「強い沖縄経済の実現に向けた」ビジョンを発表した。特に強化すべき分野として(1)観光・リゾート(2)農水産業・加工品(3)IT関連産業(4)科学技術・産学連携などの4つの分野をあげ、「沖縄の総合的な振興をさらに後押し・加速化し、強い沖縄経済の実現を図っていく」という。

発表したのが沖縄選出の西銘大臣。参議院宜野湾市・県知事などの選挙に向けたプロパガンダの要素が強いのではないか。

そう思うと、取り立てて問題にするほどのことでもないが、納得できないのは、策定のいきさつである。玉城知事は「事前に県に対して、必要な意見照会がなく唐突感を持つ」と不快感を示したとされる。

沖縄の経済政策を決めるのに、肝心の沖縄の意見を聞かないというのは、いったいどういうことか。たとえば、国が他都道府県の経済政策(神奈川県とか千葉県などどこでもいいが)を決めるのに、当の自治体の意見を聞かないで決めることがあるのか、はたまた許されるのか。

「沖縄」だからそうしたとしか思えない。大げさに言えば、植民地的な政策決定過程である。知事はもっと抗議してもよかったし、「県民」も、政府のそのような姿勢を許してはいけないのである。

まさに沖縄のアイデンティティが問われている。

梅雨がなかなか明けません

沖縄のコロナも高止まりして減少する気配もないが、今年の梅雨はいつにも増して雨量が多いように感じます。

そんな中で気持ちも沈むが、気分転換に何かいいことないかなあと思いついたのがブログ。でも、作り方は分からないし、「はてな?」と迷って、早速、ネットであれこれ検索し、たどり着いたのが「はてなブログ」。

さて、何を書こうか、いつまで続けられるのか、などなど考えても始まらないので、ともかく書いてみることだ、と言い聞かせて始めることにした。

"nankurumii"(ナンクルミ―)とは沖縄語で、とくに植えたわけではないが、何処からか種が飛んできて自然に生えた植物のこと。自生とか野生の意味である。

ナンクルミーに倣って、気の向くまま、思いのままに書き続けていこうと思う。